鞠智城を国営公園に

国営公園とは

国営公園とは、国が維持管理を行う都市公園として、国土交通大臣が設置するものです。
国営公園には、イ号とロ号の2種類があります。鞠智城は、このうちロ号公園をめざします。

イ号
兵庫県:国営明石海峡公園

一の都府県の区域を超えるような広域の見地から設置する都市計画施設である公園又は緑地

(例)「国営明石海峡公園」「国営アルプスあずみの公園」
など11箇所

ロ号
佐賀県:国営吉野ヶ里歴史公園

国家的な記念事業として、又は我が国固有の優れた文化的資産の保存及び活用を図るために閣議の決定を経て設置する都市計画施設である公園又は緑地

(例)「国営飛鳥歴史公園」「国営武蔵丘陵森林公園」
「国営沖縄記念公園」「国営昭和記念公園」
「国営吉野ヶ里歴史公園」の5箇所

「国営公園として国が関与する6つの基準」鞠智城

写真:対馬金田城
基準.1

特別史跡に指定されているか、
それに相当するもの。

国指定史跡の鞠智城は、特別史跡の大野城・基肄城・金田城と同時期に大和朝廷によって築造された古代山城で、同格の歴史的な価値を有する事は明白です。

写真:袈裟尾(けさお)高塚古墳
基準.2

史跡やその周辺が一帯となって歴史的景観を有し、
国営公園の風格を維持するに相応しい
地域を形成していること。

菊池川流域の鞠智城周辺には、吉野ヶ里遺跡に匹敵する弥生時代の大規模集落「台(うてな)遺跡」、装飾古墳の「袈裟尾(けさお)高塚古墳」、菊池郡寺の「十蓮寺(とうれんじ)廃寺」など、弥生から古代にかけての重要遺跡を中心に、中世に下っても菊池氏に縁の深い「菊池十八外城」や、国史跡に指定された「隈部氏館跡」など数多くの城跡が集中しています。さらに、国の特別天然記念物「相良(あいら)のアイラトビカズラ」もあります。

これらが一体となって、国営公園の風格にふさわしい歴史的景観を有しており、城内の「灰塚」からは、一帯の遺跡群が眺望できます

基準.3

史跡が一つの歴史時代を象徴するものであり、
その時代の代表的な生活・文化・政治等を幅広く
知る事の出来る複合的なもの。

鞠智城を含む古代山城は、7世紀後半の古代日本を象徴する代表遺跡です。

鞠智城からは32次に及ぶ発掘調査で、これまでに国内の古代山城として初めての八角形建物跡や貯水池跡、木簡など貴重な遺構や遺物の発見が相次いでいます。特に、貯水池跡の池尻部から7世紀後半の百済系の銅造菩薩立像が出土し、古代山城の築城に百済の貴族が関わったという『日本書紀』の記述内容を裏付ける考古資料として、鞠智城の学術的価値がさらに高まりました。

これらによって、当時の生活・建築技術・土木技術・政治・国際情勢まで幅広く知ることが出来ます。

基準.4

史跡が我が国の社会や生活様式のルーツに係わるなど、歴史ロマン性を有し、魅力的な歴史の追体験の
可能性が高いこと。

古代山城の貯水池の構造が発掘調査で判明しているのは、現在のところ鞠智城だけです。水汲み場(集水施設)や貯木場、築堤や排水施設などの構造は当時の谷部などの利用する生活様式を垣間見ることができます。また、倉庫に利用された総柱建物や側柱建物、礎石や掘立柱建物、長舎建物など古代の建物の変遷や機能による建築様式が伺えます。土塁構築技術などは当時の土木技術が伺え、ため池や築堤技術のルーツとも言えます。

基準.5

史跡に対する国民の関心が高く、
地方ブロックを越えての利用者が見込めること。
さらに、国際交流の舞台となるなど
国際的な関心を呼ぶものが望ましい。

鞠智城には、これまで既に100万人を超える観光客が訪れています。当時の東アジアの国際情勢を象徴した遺跡で、韓国側も「失われた百済文化が残る遺跡」として注目しています。版築や築堤などの土木技術や貯水池からの銅造菩薩立像」などの出土などにより、渡来系の技術者による指導が伺えられ、東アジア間の交流がもたらした古代山城と言えます。
東京で実施したシンポジウムでは、1000人を超える参加者があり、関心の高さを表しています。

基準.6

上記の条件を満足する中から、
現在の国営公園の設置状況、同種歴史公園に
相応しいものが選定される。

ロ号公園では、弥生時代の「国営吉野ヶ里歴史公園」、古墳時代~飛鳥時代の「国営飛鳥歴史公園」が設置されています。ロ号公園としては、弥生時代では、海外交流を含む西の先進地帯のムラを象徴するものとして、吉野ケ里遺跡が国営公園として整備されています。
一方、古代では、飛鳥平城宮、歴史公園が整備されています。ヤマト王権や律令国家の南の「辺要」地域として、西海道の現状では一番南にある支配地域の拠点として、また海外文化の交流を象徴する山城の整備は、国営公園として地方支配の象徴として意義があるものと言えましょう。

※『国営公園等における史跡等の位置づけに関する調査報告書』(平成4年3月)(社団法人 日本公園緑地協会に旧建設省が調査委託して作成)より

鞠智城国営公園化について

整備事業

『熊本県総合計画』に位置付けられ、平成6年度の用地購入から始まり、平成11年度の「くまもと未来国体」に向けて、八角形鼓楼など3棟の復元建物が建設されました。

平成12年度からは、林野庁補助事業で武器庫が復元され、14年度までに温故創生館や長者山に休憩所が設置されました。

平成14年度に開館した温故創生館の入館者数と、それ以前の兵舎仮展示場入館者及び来園のみの方を加えますと、優に100万近くの方々が訪れました。

鞠智城を国営公園に

鞠智城跡は、平成16年2月27日に国指定史跡になり、国内の古代山城では、最も調査と整備が進んでいますが、内容をさらに充実させるためには、閣議の決定を経て、国が設置する国営公園を目指すことが、最善策と考えます。これまでの発掘調査で発見された72棟の建物跡の復元は3棟にとどまりました。武器庫や木造施設は、林野庁補助事業の賜物です。

このままですと、今後は、文化庁補助事業の限られた整備が精一杯です。

全国に誇れる鞠智城跡を、より活用するためには、鞠智城跡の国営公園化が是非とも必要です。

城門や政庁的な建物群の復元を目指しましょう。

国営公園化の効果見込み

有明海に注ぐ全長71kmの菊池川は、玉名市~和水町~山鹿市~菊池市を通り、阿蘇山の外輪山の深葉に源を発します。このルートは、『日本書記』の景行天皇の巡幸順路と重なり、流域には、古代から中世に育まれた数多くの歴史遺産があります。

鞠智城の国営公園化が実現しますと、平成23年の「九州新幹線の全線開通」効果が最大限に生かされます。新玉名駅から約50分で鞠智城跡へ行くことができます。

鞠智城跡を拠点にして、周辺の歴史遺産を取り込む修学旅行のコースが設定されて、熊本県の観光に大いに寄与するものと思われます。和水町と山鹿市では、「肥後古代の森」地区の見学者増加にも繋がります。全国で始めて整備された「ドーム型の覆屋」を持つ国指定史跡の永安寺西古墳は、より注目を浴びるでしょう。

菊池市でも、菊池氏一族関係の遺跡が、一層世間に周知されるでしょう

ころうくん
鞠智城

現在、鞠智城は国営公園としての必要条件は、既に満たしています。
整備の段階で、欠けているものはありません。
あとは、地元の盛り上がり知名度のアップが必要です。
国営公園の実現に向って、頑張りましょう。

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